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~労働問題~近時の裁判例や最高裁の判例から見る固定残業代制度について

【POINT】
① 実労働時間に応じた残業代と固定残業代との差額の精算が不可欠であること
② その精算をしない場合,法律上,企業は,刑罰を科され,付加金を支払わなければならなくなる可能性があること
③ その精算を全くしていないような場合,企業は,固定残業代を含む給与の合計額で残業代を計算しなければ
ならなくなる可能性があること


 第196回国会において「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(いわゆる働き方改革関連法案)が成立しました。
 この法律の制定に象徴されるように,現在,日本においては,生産性を上げるための創意工夫が盛んになされています。
もちろん,これまでの間も,生産性を上げるための創意工夫はなされてきました。例えば,企業が,労働者との雇用契約において,労働者に対し,基本給の他に予め固定の残業代を支払うこととしているのは,そのような創意工夫の一つといえるでしょう(※1)。
 そこで,今回は,固定残業代制度について検討していきたいと思います。

1 〈固定残業代制度=定額で労働者を働かせ放題〉ではないこと

 まず,意外にも相当数の方が誤解をされていることがあります。それは,企業が固定残業代制度を採用した場合,労働者に対して,その固定残業代以上の残業代を支払わなくてもよくなるという理解は,全く間違っているということです。つまり,〈固定残業代制度=定額働かせ放題制度〉ではないということです。

 したがって,実際の労働時間に基づいて計算をすると,固定残業代を超える残業代(以下「本来の残業代」といいます。)が発生している場合,企業は,労働者に対して,本来の残業代を支払わなければならず,固定残業代の他に,本来の残業代と固定残業代との差額も合わせて支給しなければなりません(※2)。

2 差額を支給しなかった場合①―法律の定め

 もし,労働者に差額を支給しなかった場合,企業には,法律の規定上,次のような負担や制裁が待ち構えています。
 まず,差額を支給しないことは残業代の一部未払いであって犯罪となり,6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金を科せられる可能性があります(※3)。

 次に,裁判で未払いの残業代を支払うこととなった場合,同額の付加金をも支払わなければならなくなる可能性があります(※4)。つまり,企業は,労働者に対して,2倍の未払残業代を支払わなければならなくなる可能性があるということです。

3 差額を支給しなかった場合②―固定残業代が「残業代」ではなくなる可能性

 さらに,企業が労働者に対して差額を支給しなかった場合,固定残業代が「残業代」ではなくなる,つまり「基本給」となる場合があり得るものと思われます。
 これが一体どういうことなのかを理解するために,まず,固定残業代に関する近時の裁判例や最新の判例を見てみましょう。

(1)近時の裁判例

 とある裁判例(※5)では,「一定額の手当の支払が固定残業代の支払として有効と認められるためには,・・・当該手当の額が労働基準法所定の時間外割増賃金の額を下回るときは,その差額を当該賃金の支払時期に精算するという合意が存在し,又は,そうした取扱いが確立していることをも要すると解するのが相当である」とされています(※6)。
 なぜなら,差額の精算がない場合にまで固定残業代の支払であると認めてしまうと,労働者は,本来の残業代を支払われることがないままに時間外労働を強いられてしまうからです(※7)。

 つまり,この裁判例によれば,そもそも差額を精算するという約束になっていなかったり,そういう約束になっていたとしても実際には差額の精算がなされていなかったりする場合には,「残業代」の支払いとは認められない,すなわち,固定残業代が「基本給」として支払われていた,と判断されるのです。
 そして,このような判断は,この裁判例以外にも見受けられていました(※8)。

(2)固定残業代が基本給とされた場合の本来の残業代の額

 通常,固定残業代の額は,残業代を算定するための基礎となる賃金の額には含まれません。
なぜなら,固定残業代を含めて本来の残業代を算定すると,固定残業代の部分が二重にカウントされてしまうからです。
 しかし,本来の残業代と固定残業代の精算をしていなかった等の場合には,固定残業代も基本給として扱われ,残業代を算定するための基礎となる賃金の額に含まれることになります。

 したがって,差額の精算をしていなかった等の場合には,通常の場合に比べて,企業が労働者に対して支払う本来の残業代の額が高くなってしまうのです。
 そうなれば,企業は,最小限の金銭的な負担で最大の成果を得るために固定残業代制度を導入したにもかかわらず,想定外の支出をせざるを得なくなります。また,労働者も,結局は長時間働かされて残業代も精算されないのだから,手を抜いて働いた方が得であると考えるようになり,真面目な労働者であればあるほど自身の健康を害する結果となるでしょう。
 つまり,労働に対する適正な対価がなければ,企業にとっても労働者にとっても良いことはないのです。

(3)最高裁判所の最新の判断

 ところが,最高裁判所(※9)は,今夏,これまでの裁判例とは異なるかのように読める判断をしました。そこで,この最高裁判所の判断について検討してみたいと思います。

ア 判断の概要
 最高裁判所は概ね,次のような判断をしました。すなわち,労働基準法第37条及び他の労働関係法令は,固定残業代の支払いが残業代の支払いとみなせるかどうかについて,①定額残業代を上回る金額の残業代が発生した場合にそのことを労働者が認識して直ちに支払いを請求すること等ができる仕組みが備わっていること,②そのような仕組みが企業により誠実に実行されていること,③基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であること及び④労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因(※10)がないことを必須の条件としているわけではない,というものです。
イ 判断の読み方・考え方(※11)
 この判断によれば,一見,固定残業代と本来の残業代の差額を精算しない場合であっても,固定残業代の支払いが残業代の支払いとして認められるかのように読めます。
 しかし,この判断をそのように読むべきではなく,場合によっては,近時の裁判例と同様の判断がなされる余地があるものと思われます。その理由は,次のとおりです。
 まず,最高裁判所は,「労働基準法第37条及び他の労働関係法令」しか解釈していません。つまり,民法など他の法令によれば,固定残業代の支払いが残業代の支払いとはならなくなる余地を,完全に否定しているわけではありません。

 次に,この判断は,薬剤師とその薬剤師を雇用する企業との間における紛争で,①企業が薬剤師に対して固定残業代が何時間分の残業代に当たるのかを伝えていないこと及び②企業が薬剤師の休憩時間中の労働時間を調査するための仕組みがないために薬剤師が固定残業代を上回る残業代が発生したかどうかを認識できないことを理由に,企業の薬剤師に対する固定残業代の支払いが残業代の支払いとは認められないとした東京高等裁判所の判断(※12)を覆したものです。
 つまり,上記①や②とは異なる事情があった場合,例えば,労働者を雇い入れてから固定残業代と本来の残業代との差額の精算を全くしてこなかった場合には,異なる判断がなされる余地があるといえます。

 したがって,企業は,この最高裁判所の判断を安易に一般化(※13)しない方が賢明だといえるでしょう。もちろん,このような判断が出たことを理由に,「固定残業代と本来の残業代の差額の精算は裁判になってからすることにして,それまでの間は,固定残業代だけ支払って労働者を何時間でも働かせよう」などと,間違っても違法・犯罪行為をしてはならないことは,言うまでもありません。

おわりに

 今回は,固定残業代に関する誤った考え,本来の残業代との差額を支払わなかった場合にどうなるかについてみてきました。
 固定残業代制度が,生産性を上げるために機能するとともに,法令に則った運用がなされることで,労働者と企業のそれぞれにとって円満な関係が築かれることを願ってやみません。


※1 労働者は,命令された仕事をこなせれば,時間外労働をしなくとも固定の残業代を支払ってもらえるため,通常の労働時間内で仕事をこなそうとする,つまり生産性を上げようとすることになるからです。
※2 例えば,固定残業代が月額5万円とされていても,とある月の本来の残業代が12万円になる場合,企業は,労働者に対して,固定残業代5万円に本来の残業代との差額7万円を加えた合計12万円を支払わなければならない,ということになります。
※3 労働基準法第119条第1号及び同法第121条
※4 労働基準法第114条
※5 東京地方裁判所判決平成26年3月27日(平成24年(ワ)第22782号)
※6 この裁判例によれば,固定残業代制度(による残業代の支払い)が有効であるとされるためには,差額の精算の約束や実際の精算の有無という条件以外にも,特に,名目が残業代とはなっていない手当が残業代であると企業が主張する場合を念頭に置いて,①手当が実質的にみて残業代といえること,②固定残業代の定めが,基本給と区別することができ,なおかつ労働基準法上の残業代を下回らないかどうかを判断できるようになっていることが条件となっています。
※7 その結果,労働基準法第37条第1項及び同条第4項の趣旨に反することになる,とされています。
※8 例えば,東京地方裁判所判決平成27年9月18日(平成25年(ワ)第3658号)や東京地裁判所判決平成27年9月18日(平成25年(ワ)第3658号)などが類似の判断をしています。
※9 最高裁判所第一小法廷判決平成30年7月19日(平成29年(受)第842号)
※10 最高裁判所は,その具体例として,残業代の不払いや長時間労働による健康状態の悪化などを挙げています。
※11 なお,この記載は私見であり,最高裁判所の判例の解釈を確定するものではありません。
※12 東京高等裁判所判決平成29年2月1日(平28年(ネ)第2254号)
※13 固定残業代の支払いが,いつでも,どんな場合であっても,残業代の支払いとみなされる,という過度の一般化のことです。